自然の美を追求:イギリス式風景式庭園の誕生から世界への影響
導入:自然の風景を庭に取り込む美学
庭園のデザインは、その時代の文化や思想を映し出す鏡です。ヨーロッパにおいて、フランスのヴェルサイユ宮殿に代表されるような、幾何学的な配置と人工的な美を追求する「フランス式庭園」が隆盛を極めた後、18世紀のイギリスでは全く異なる様式の庭園が誕生しました。それが「イギリス式風景式庭園」です。
この庭園様式は、自然の地形を活かし、あたかも一枚の風景画のような景色を庭園の中に創り出すことを目指しました。ここでは、イギリス式風景式庭園がどのようにして生まれ、どのような特徴を持ち、そして世界の庭園史にどのような影響を与えたのかを紐解いていきます。
時代背景:フランス式への反発と啓蒙思想の影響
イギリス式風景式庭園が生まれた18世紀は、ヨーロッパ全体で啓蒙思想が広まり、理性や自然への回帰が重視される時代でした。それまでのフランス式庭園が持つ、自然を人間の意志で完璧に制御しようとする姿勢は、当時のイギリス人にとっては過剰で不自然に映り始めました。彼らは、より自由で詩的な、ありのままの自然の美しさを求めるようになりました。
この時代の著名な思想家や詩人たちは、人間の手による作為を排し、自然の持つ緩やかな曲線や不規則な魅力を理想としました。また、古代ギリシャ・ローマの田園風景や、イタリアの風景画に描かれる牧歌的な景色への憧れも、イギリス式風景式庭園の形成に大きな影響を与えました。こうした思想的背景が、庭園デザインにも反映され、新たな美意識が育まれていったのです。
イギリス式風景式庭園の主要な特徴
イギリス式風景式庭園は、そのデザインにおいていくつかの顕著な特徴を持っています。
-
自然な曲線と起伏の活用: フランス式庭園の直線的な構成とは対照的に、イギリス式庭園では、緩やかな丘陵、曲がりくねった小道、不規則な形の池や川が多用されます。これにより、あたかも自然の風景を散策しているかのような感覚を味わうことができます。
-
「ハハ(Ha-Ha)」の導入: 「ハハ」とは、庭園と周囲の牧草地を隔てるために用いられた、地面に掘られた溝と低い石垣の組み合わせです。この構造により、庭園から見ると柵や塀が見えず、庭園が広大な自然の中へとシームレスに続いているかのような視覚効果が生まれます。これによって、遠景の風景も庭園の一部として取り込まれ、より奥行きのある景色が演出されました。
-
人工的な湖と水の表現: 庭園内には、しばしば大きな人工湖や、自然な流れを模した小川、滝が配置されました。これらは光を反射し、周囲の風景を映し出すことで、庭園に広がりと変化をもたらします。水辺には木々や草花が植えられ、より自然に近い景観が創出されました。
-
フォリー(Folly)の配置: 「フォリー」とは、庭園内に観賞用として建てられた、実用性のない小さな建物のことです。多くは、古代ローマの神殿、ゴシック様式の廃墟、中国風のパゴダ(仏塔)、または異国情緒あふれる東屋などが模されました。これらは、庭園の特定の場所からの眺めにアクセントを加え、物語性や詩的なムードを演出する役割を担いました。
-
広大な芝生と樹木の配置: 広々とした芝生が庭園の基盤となり、その中に様々な種類の樹木が、それぞれの形や色彩、季節の変化を考慮して植えられました。樹木は単独で存在感を放つものや、群生して森のような景観を作るものなど、多様な配置がなされ、遠景・中景・近景のバランスが重視されました。
代表的な庭園と主要なデザイナー
イギリス式風景式庭園の発展には、何人かの重要なデザイナーが貢献しました。
-
ウィリアム・ケント(William Kent, 1685-1748): 画家、建築家でもあったケントは、「自然は庭園全体を跳び越える」という言葉を残し、既存の地形を活かしたデザインを提唱しました。ストウ・ハウス庭園の一部など、初期の風景式庭園に大きな足跡を残しました。
-
ランスロット・“ケイパビリティ”・ブラウン(Lancelot "Capability" Brown, 1716-1783): 「ケイパビリティ(可能性)」というニックネームで知られるブラウンは、既存の地形の「可能性」を見出し、大胆なスケールで庭園を再構築しました。広大な芝生、湾曲した湖、樹木の配置による遠景の演出など、彼の手法は後のイギリス式庭園の規範となりました。ブレナム宮殿やチャッツワース・ハウスの庭園などが彼の代表作です。
-
ハンフリー・レプトン(Humphry Repton, 1752-1818): ブラウンの後継者とされ、彼のデザインが時に単調であるという批判に応え、より多様な植栽や、庭園の持つ実用性にも配慮したデザインを行いました。彼の作品は、後に「リージェンシー様式」として知られる、より洗練された自然主義的な庭園へと繋がっていきます。
これらのデザイナーによって、イギリスの広大なカントリーサイドに、数々の美しい風景式庭園が創り出されました。
文化的・社会的意義と現代への影響
イギリス式風景式庭園は、単なる美的な表現に留まらず、当時の社会や文化に深い影響を与えました。自然を理想とする思想は、文学や絵画といった他の芸術分野とも共鳴し、イギリス独自のロマン主義的な美意識を育みました。また、庭園の散策は、貴族階級のレジャーとして広まり、社交の場としても機能しました。
現代においても、イギリス式風景式庭園の精神は生き続けています。世界各地の公園や公共スペースのデザインに、その自由で自然を尊重する思想が見られます。広大な芝生、自然な水の流れ、景観に溶け込むような建物の配置など、現代のランドスケープデザインの多くが、イギリス式風景式庭園からインスピレーションを受けていると言えるでしょう。
ガーデニングの趣味をお持ちの方にとっても、イギリス式風景式庭園から学ぶことは多いはずです。たとえば、植物の自然な姿を活かした植栽、庭の奥へと続くような奥行きのある空間構成、そして季節の移ろいを肌で感じるようなデザインの工夫は、ご自身の庭づくりに応用できるヒントに満ちています。
まとめ:時を超えて愛される自然の造形美
イギリス式風景式庭園は、人工的な美を追求するフランス式庭園とは対照的に、自然の地形と景観を最大限に活かし、詩的で絵画的な美しさを創り出しました。啓蒙思想やロマン主義の潮流の中で生まれ、ウィリアム・ケントやケイパビリティ・ブラウンといった名だたるデザイナーによって発展を遂げたこの様式は、ヨーロッパのみならず世界のランドスケープデザインに計り知れない影響を与えました。
もしイギリスの歴史的な庭園を訪れる機会があれば、その広大な芝生や、ゆったりと流れる水辺、そしてさりげなく置かれたフォリーの一つ一つに、当時の人々の自然への深い敬愛と、芸術的な創造性を感じ取ることができるでしょう。自然と人間の感性が織りなす、時を超えて愛される造形美がそこにはあります。